裸で虐待される少女…無垢な瞳が訴えかけるメッセージとは?

服すら与えられず過酷な労働を強いられる少女・チェレの姿がなんとも痛ましい
  • 服すら与えられず過酷な労働を強いられる少女・チェレの姿がなんとも痛ましい

2010年1月30日(土)より公開のハンガリー映画『だれのものでもないチェレ』(76)は、地平線まで広がった大平原をバックに、一糸まとわぬ姿の子供が無邪気に牛を追いかけるという、何とも牧歌的なシーンから始まる。だが、物語が進むにつれて、観る人の顔色は次第に青ざめていくはず。なんとこの子供は養母から服すら与えられず、裸のままで働かされている“孤児”なのだ。

物語の舞台である1930年代初頭のハンガリーには、孤児を引き取ると国から養育費が援助されるという制度があった。そのため、多くの戦争孤児たちが貧しい農家に引き取られていったのだが、実際のところ、彼らは養育費相当の待遇を受けられず、劣悪な環境の下、奴隷のように働かされていたのだ。

本作の主人公・チェレもまた、そうした人権すら保障されてなかった時代に生まれた歴史の犠牲者の一人。カメラは、虐待や人権を無視した扱いを受け、過酷な運命に翻弄されるチェレの姿を徹底したリアリズムで映し出していて、そのあまりの悲壮さからは、思わず目を背けたくなるほど。

そんなチェレの無垢な瞳が訴えているのは、怒りや悲しみだけではなく“人間としての誇り”。ラースロー・ラノーディ監督は「どんな人間でも人を侮辱してはならない」というメッセージを込めて本作を完成させたと語っており、本作からは人間の尊厳や自由についての力強い意志を、至るところから感じることができる。

折しも今年は、ハンガリー共和国と日本の国交が樹立してから140年目に当たる節目の年。長引く不況から、生きる意味を失いかけているわれわれ日本人にとって、過酷な環境にもめげず、懸命に生きようとする少女・チェレのたくましい姿から何か学べることもあるのではないだろうか。また、人間の尊厳に対しても深く考えさせてくれる1作だ。【トライワークス】

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