「混迷」そして「自由」…映画界における“ゼロ年代”とは

日照りの続く世界に生きる若者たちの姿を描いた青春群像『FROG』(09)
  • 日照りの続く世界に生きる若者たちの姿を描いた青春群像『FROG』(09)

2009年も残すところあとわずかとなり、“ゼロ年代”も終わりを迎える。そこで、渋谷のアップリンクXでは、12月12日(土)から<ゼロ年代全景>と称して、ゼロ年代最後にデビューする新鋭若手監督による3本の映画を特別上映することになった。この企画ではトークショーでゼロ年代について回顧される模様だが、映画界におけるゼロ年代とは一体どういったものだったのだろう?

ゼロ年代に入り、インターネットの普及と発達による情報伝達の自由を得て、世界の距離は圧倒的に近くなった。しかし、同時多発テロや世界同時不況を目の当たりにして、依然として世界は混迷していることもまた思い知らされたものだ。そしてそれは当然のことながら、映画界にも大きな影響を与えた。

世界との距離が近付いたゼロ年代は映画も国境を越え、いくつもの国で共同制作されるものが多くなった。インドを舞台にした『スラムドッグ$ミリオネア』(08)がイギリス映画でありながら、アメリカ映画の祭典であるアカデミー賞で作品賞に輝いたのがそれを象徴している。日本映画のミニシアター系の作品も、いまやヨーロッパの国から出資を受けていることが少なくない。これは、国境を超えた自由な映画の制作体制が確かになってきているということの表れと言っていいだろう。

だが、それは同時に、さまざまな諸問題によって映画界も不安定になっている事も示している。ハリウッド映画がオーストラリアやカナダで撮影されるケースが多くなってきているのは、従来のシステムが崩壊し、資金難から安価で撮影するためだという。日本映画もテレビ局主導の作品が大ヒットする反面、ミニシアター系作品の制作が苦戦を強いられていて、資金を海外に求めるしかなくなってきているのも事実。

映画界は今、混迷の時期にあるものの、言い換えればそこには自由がある。ゼロ年代にデビューした監督たちには、その自由な発想で現在の状況を打破してほしいものだ。【トライワークス】

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