アバンギャルド映画の先駆者マヤ・デレンって知ってる?

前衛的な作品を生み出し続けた女性監督、マヤ・デレンの足跡をたどる作品が登場
  • 前衛的な作品を生み出し続けた女性監督、マヤ・デレンの足跡をたどる作品が登場

ジャン・コクトーやルイス・ブニュエルといったアバンギャルド映画(実験映画)の巨匠たちと並び“アバンギャルド映画の女神”と称されたマヤ・デレン。2010年1月9日(土)公開のドキュメンタリー『鏡の中のマヤ・デレン』は、彼女の生涯を追った作品だ。“聞き慣れない名前だし、マヤ・デレンって一体誰?”という人も多いだろうから、彼女のことを少し紹介しよう。

マヤ・デレンは1917年、ロシア革命の年に生まれた。5歳でアメリカへ渡り、大学ではジャーナリズムや政治学を学ぶ。その後、黒人舞踏家との出会いを経て、チェコから亡命中の映像作家アレクサンダー・ハミッドと結婚。そして1943年、26歳の時にビジュアルアート史に決定的な影響を与える傑作実験映画『午後の網目』(43)を発表し、カンヌ映画祭の実験映画部門グランプリを受賞する。主演も務めた同作で、謎めいた神秘的な容姿を人々に焼き付けた彼女は、やがてブードゥー教の研究に傾倒し、ハイチで芸術の女神とまであがめられるまでになる。

ダンサー、文化人類学者、巫女、映画作家…、多様な活動でアンディ・ウォーホルやジョナス・メカス、マルセル・デュシャンといった当時の一流アーティストたちの注目の的であった彼女だが、1961年に44歳の若さでこの世を去った。その死因は麻薬の過剰摂取ともブードゥーの呪いともウワサされている。

美しくて存在感のある彼女はいつも、ニューヨークのアーティストたちにとっての中心的な存在。アーティストとして注目された反面、随分とエキセントリックな人物でもあったようだ。小柄な女性だが、俳優ジェフリー・ホルダーの結婚式では、ブードゥー式の儀式をやめさせられたことに怒り、大きな冷蔵庫を投げ飛ばして怒り狂ったというものすごいエピソードまである。

そんなエキセントリックなマヤ・デレンの生涯が本作で初めて明かされる。さらに、彼女が残した作品の特集上映もあるので、謎めいたマヤ・デレンに触れる格好のチャンスだ。【トライワークス】

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