憧れと好きの違いについて_『いつか別れる。でもそれは今日ではない』vol.1

Twitterフォロワー数19万人超の「F」さんによる初エッセイ集『いつか別れる。でもそれは今日ではない』。この本は2017年4月の発売され、以降、大きな話題となり、15万部を超えるヒットとなっています。

そこで「レタスクラブニュース」では、本書の中から4篇をピックアップ、4週にわたり特別掲載します。今回は「憧れと好きの違いについて」。

『いつか別れる。でもそれは今日ではない』
  • 『いつか別れる。でもそれは今日ではない』

美術の先生が好きだった。

小学生の時、「先生のおすすめの本ってありますか」と彼女に訊ねると「あなたが私の好きな本を読んで、私の好きな言葉を覚えて、私が好きそうなことを話しても、あなたのことは好きなままだけど、大好きにはならないと思う」と、先生は笑った。「だから、あなたは私の知らない本を読んでね」と。少なくとも、優等生であろうとしていた私はその日優等生であることを辞めた。

 彼女が好きだった本は、なんだったのだろう。彼女はその二十年後、肺癌になって死んだらしい。私から始めた文通は、私が私の悪筆を許せなくて、結局続かなかった。

 彼女は紫色のショートヘアだった。だからか私はいまだにショートヘアの女性に弱い。小学校の卒業式の時、いつかデートしてくださいね、と先生に言った。彼女は天国で今頃、一人で油画でも描きながらハイライトを吸っているのだろう。

 当時、彼女の煙に巻いたようなあの台詞に私はなにも言い返せなかった。まともに傷ついたのだ。「大好きにはならないと思う」という、その台詞に。

 おすすめの本を訊くのは、今でも私にとっては告白だ。おすすめのアーティストを訊くのも。なんとかそれを直接訊かずに、その人が好きなものを知ろうとする。好きだとバレたくない。当たり前だ。

 好きなものを訊くのって、ちょっと失礼になるかもしれないと今でも思っている。テスト前に、真面目な同級生のノートを借りる行為に似ている。その人が必死で探したものをすんなりと教えられるというのは、正しくないのである。本人にとって、好きなものとは、そのくらい神聖不可侵で、尊厳と孤独に満ち溢れている。

 憧れと好きの違いは、あるようで、ない。ないようで、ある。憧れを持った好意は、消えない。敬意を持った好意も、滅多に消えない。どんなに口論をしても、相手が尊敬に値する人物である限り、「口論をしない」という選択肢が最後まで残存し続けるのだ。

 それにしても。私があの時言うべきだった台詞は「大好きになってもらえなくてもいいので、あなたのことが、ただ知りたい」という一言だった。もしくは「あなたに近付くためなら、どこまでも傷付く覚悟はありますよ」という、その一言だった。

 憧れは、傷つきたくないという距離だ。好意は、傷付いてもいいという覚悟だ。今でも好きなアーティストのライヴに行けない。行く勇気が出ない。チバユウスケがライヴでマイクスタンドを振り回して、それが彼のカカトに激突してアイタタタとなったらどうしよう、と思う。椎名林檎がライヴで間違って階段で転んでしまったらどうしよう。ベンジーは歌詞を忘れてもカッコいい。でも曲と曲の合間のMCで「俺、ディズニーも好きだよ」とか言われてしまったらどうしよう。気づいたらミッシェルも東京事変もブランキーも解散していた。解散を祝えないファンは、真のファンではないことくらい知っている。思ったのと違う、と思うのは愛ではないのだろう。こうあって欲しいと思うのも、愛ではない。

カッコいいから好きになった。でも、カッコよくない所も愛さないと、それは憧れの域を出ていない。すべてを好きにはなれないかもしれない。でも愛おしく思えたら、それはまぎれもなく愛なのだと考えるのである。

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『いつか別れる。でもそれは今日ではない』
なにかに悩んで眠れない夜、読みたくなる一冊

Twitterフォロワー数13万人超(2017年4月時点)、恋愛や人間関係、人生観をするどく考察する人気ツイート、書籍化。寂しさを感じたり、自信を持ちにくいときに読むとすっきりします。

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