60年の歴史に幕を下ろす「人世横丁」【Part1】〜誕生から繁盛・衰退〜

人世横丁 ザ・ファイナル
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また一つ、昭和の光が消えようとしている。戦後から続く、池袋を代表する飲み屋街「人世横丁」が今夏閉鎖することが決まった。再開発の話が持ち上がるたびに何度も閉鎖のうわさが流れたが、今回は事実。すでに8割の店が閉店し、もっとも長く営業する「○天(まるてん)」「最上」も7月末日まで。8月には横丁の光が完全に消えることになる。

まさに紆余曲折を地でいく歴史を歩んだ人世横丁の誕生は、戦後間もない時代。池袋西口は、埼玉方面から集められた豊富な商品を扱う一大マーケットとして、都内でも有数の闇市へと発展した。しかしそのマーケットが廃止され、昭和25年に約100軒が集まって池袋商業協同組合ができたのが人世横丁の前身だ。

昔から池袋をよく知る人の中には、“治安の悪いエリア”というイメージを持つ人も少なくない。事実、「過去60年の歴史のなかで、それを認めざるを得ない時期があった」ことは「○天」の代表であり人世横丁商店会長の中村規久代さんも認めている。「バブルで客が銀座や赤坂に逃げてしまい、周囲にオフィスビルが建って日差しが遮られてね、どこか寂しく暗いイメージが定着してしまったのよ」。悪いものは悪いものを呼び込む負の連鎖。好景気の時代に沈みきった人世横丁は、バブルが弾けた後も客が戻ってくることはなかった。その状況が10年以上続いたのだから、治安とイメージが悪くなるのは至極当然だった。【東京ウォーカー/荒木紳輔】

※Part2に続く

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