早くもアカデミー賞の呼び声!アン・リー監督が『ライフ・オブ・パイ』で新境地に挑む

アン・リー監督作に早くもアカデミー賞の呼び声が
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9月28日から開催されている第50回ニューヨーク映画祭で、『ブロークバック・マウンテン』(05)で第78回アカデミー監督賞を獲得したアン・リー監督の3D映画『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(全米11月21日、日本2013年1月公開)がワールドプレミアを飾り、オープニングセレモニーには監督と主役のスラジェ・シャルマ、そして同映画の原作となったベストセラー本「パイの物語」の原作者ヤン・マーテルなどが登壇した。

同作は、インド人の16歳の少年パイ・パテルが、動物園経営者の家族と共にカナダに移住する船で遭難にあい、ライフボートで唯一生き残ったリチャード・パーカーと呼ばれる獰猛なベンガルトラと一緒に過ごした227日間の漂流生活を、壮大なスケールで描いたアドベンチャーファンタジー。

このドラマを映像化することができたのは、数々の名作を生み出してきたリー監督ならではと言えそうだが、リー監督も原作者も、この作品をスクリーンで見ることができるとは思っていなかったという。

ヤンは「この作品を執筆している時、青い海に、白とオレンジのライフボート、黒とオレンジのベンガルトラという鮮明な色彩のコントラストという意味においては、私の頭の中はとてもシネマティックだった。でも当時の技術では映像化するにはあまりに複雑すぎて、映画化できるとは思っていなかった」と語る。

リー監督もまた「この作品を読ん時、とても魅了されて映画にしたいと思った。でも、シネマティックではあるが、莫大な費用がかかるため、景気が悪い最中にこのような哲学的でアーティスティックな作品を映画にするのは不可能だという思いがあった。それでも、4年前にプロデューサーのエリザベスがこの話をもちかけてくれて、少しずつ自分がこの作品を手がける運命にあるんだと思えるようになっていった」。

「3Dの技術がなくても、円とか何らかのディメンションを使って製作しようと考えただろうが、それはとても馬鹿げたものになっていたかもしれない。学生時代から、人がやっていないことをやりたがる性格だったのでね。でも一方で、現在の3DやCGの技術なくしては、この作品はあり得なかったとも考えている。飛び魚のシーンは、まさに技術の集大成と言えるでしょう。この作品はパイの心の旅でもあり、また自分にとってもスピリチュアルな旅でもありました」と、製作に至るまでの経緯について話した。

物語のほぼ大半が海の上の少年パイとベンガルトラのシーンである同作に、船の調理師役でフランスの名優ジェラール・ドパルデューが出演している。しかし、調和にこだわるリー監督がトビー・マグワイアの出演シーンを削ったことでもわかる通り、出演しているのはほとんど無名の俳優だ。なかでも主役のパイ役で圧巻の演技を見せてくれたスラジェは、3000人の中から選ばれた無名の高校生だった。

「兄とオーディションを受けに行ったんだけど、その時はあまり上手く演技ができたとは思わなかった。でも、リー監督が、演技からパイという人間についてまで全部指導してくれて、6ヵ月後に最終オーデションを受けた時は上手くできたって思ったんだ。漂流者については、実際の経験者であるスティーブン・キャラハン(『大西洋 漂流76日間』の著者)から、悪天候の海の上のボートでどんな行動を取るかとか、メンタルな部分まで聞くことができてとても役に立ったと思う。ボートに取り残された時の気持ちは、人が思っているのと違って、悲しいとか恐怖心とか、動揺とかそういう感情はなくて、大体は無の状態なんだ。だけど、時には幸福感だったりエクスタシーだったり、とてもパワフルで無とは対照的な感情がわき出ることもあるということを教わった。それが演じるうえでとても役に立ったんだ」。

「トラのシーンは、実際にボートの上にトラがいたわけではないけれど、ビデオとかでトラの動きをたくさん観察したから、最終的にはまるでそこにトラがいるように演じることができたと思うよ」と秘話を暴露し、会場の笑いを誘った。

リー監督によれば、トラのショット30シーンのうち、ほとんどのシーンはCGではなく、とてもよく調教された本物のトラを使ったそうで、「4頭のうち、3頭はフランスのトラでオス1頭とメス2頭、1頭はカナダのトラです。泳いだりポーズをとっているのはオスのトラなんですが、メスのトラの方が獰猛だったので、獰猛なシーンにはメスを使いました。カナダのトラは食欲が旺盛など、トラにも個性がありましたね。僕自身もフランスの調教師からトラについていろんなことを学び、CGのシーンでも実物のトラの動きをかなり綿密に反映させることができたと思います」と自信たっぷりだ。確かに実物とCGの見分けがつかないほどの見事な仕上がりになっている。

海底シーンなど、壮大なスケールの映像も圧巻だが、作品の根底に流れるのはスピリチュアルな世界。宗教争いの耐えない昨今の世の中に、普遍のテーマを投げかけているようだ。

「それがあったからこそ、この作品を作ろうと思ったし、世界共通の皆がシェアできるものがあったからこそ、多国籍のスタッフたちと共に、素晴らしい作品を創り上げることができたのだと思う。私は通常、撮影の過程でストーリーと違うショットを撮ったりするけれど、この作品は一つ、一つのショットにとてもお金がかかるので、脚本に正確かつ完璧でなくてはならなかったんです。製作に取りかかる前に一年の歳月を費やしてホームムービーを作成し、全てのビジョンを明確にすることができたし、スタッフたちもそれについてきてくれた。インド、カナダ、そして私の祖国でもある台湾で撮影できたからこそできたのであって、ハリウッドでは無理だったかもしれない」と語ってくれたリー監督。

早くもアカデミー賞の呼び声が高いが、『グリーン・デスティニー』(00)では外国語映画賞を受賞したものの、故ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールを迎えた『ブロークバック・マウンテン』(05)では、ゲイが主役だったという理由で作品賞を逃したと言われる苦い過去を持つ。本作で3D映画のハンディを乗り越え、アカデミー賞の歴史を塗り替えることができるのか、大いに期待したいところだ。【取材・文 NY在住/JUNKO】

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