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エレファントカシマシ宮本浩次ロングインタビュー【8/10 09年3月】

(第7回より続く)

―じゃあ、「It’s my life」で“結局わからねぇ”っておっしゃってる、

「はいはい、わかんないすね」

―その悩みが重くのしかかっている、という感じでもない…。

「いやいやもう、重いの通り越して麻痺しちゃってますよ、その辺に関しては。ただ例えばですよ? アイルトン・セナっていうすごいレーサーがいて、羽生善治っていうすごい将棋指しがいて、僕がそれを越えようとしているとしますよ、それでなおかつなんかカール・ルイスばりの足の速さと、西洋の2枚目俳優並みの容姿と、そしてさらに“絶対に死なない”みたいな、そういうことを目指してるわけじゃないんですよね、僕はもはや。当たり前だけど。でも15歳くらいのときは、絶対アイルトン・セナより速くなってやるし、羽生より将棋強くなってやるって言っててもおかしくない。…やっぱり、こういう、自分が何かを“できない”とか、なりたい自分になれないという悩みってのは、縄文時代から、『ガストロンジャー』じゃないですけど、大きくは変わってないと思っていて、そんななかで自分の“活路”を見つけることが大切だと思うわけです。僕は『歌係』に特化するっていうこと、『音楽係』になるということに、活路を見出した…。“歯車”って僕は思ってます。ま、誤解を招く言い方ですが、歯車になればなるほど人は幸せになる、幸せの度合いがおっきいような気がいたしますね。“歯車”ぶりを肯定できれば幸せになる。まあ、なかなか肯定できないから悩むんですが。誤解を招く表現なんで、すいませんけど」

―いえいえ、それはすごくいい話で…。

「あっ、そうすか(笑)」

―若いころは、全能感というか、なんでもできるようになりたい。でも年をとると、これは自分にはできない、これもできないとわかっていく…。

「はい、なるべくそういうことが早くわかるといいんですが、僕の場合は歌手というかバンドとして、10代の半ばくらいからずっとおんなじメンツで、コンテストも10代のころから出てましたし、クラブ活動もしないで音楽をずっとやってたわけですよ。もちろん試験勉強とかも一生懸命やってたんだけど、でも音楽がすごく好きだったし、試験勉強の合間にギター弾いて、『ファイティングマン』(88年発売の1stアルバムの1曲目)作ってたんですよね。忘れもしない高校の中間試験のときに作ってたんですけど、そういうふうに、音楽に常に何かを“出す”っていうことはやってたわけです。彼女もいないのに『やさしさ』っていう曲で、“ああ お前のやさしさ 頭に思いうかべて このまま行ってしまうなんて”って歌詞を書いてたわけだし。だから、早くに見つかって、ラッキーといえばラッキー。で、『絆』は、そういう原点に近いっていうか、すごくストレートに自分の思いを歌えた歌では、確かにおっしゃる通りありますね」

(第9回に続く)【シュシュ編集部/滝本志野】

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