“ひとつの時代”が終わった、第67回カンヌ国際映画祭総括

第67回カンヌ国際映画祭を振り返る!
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今年の授賞式は、34年間カンヌ国際映画祭とともにあったジル・ジャコブ会長最後の舞台であった。新人監督賞審査員長とともに登壇したジャコブは「私が一番実現したかったのは新人監督賞を作り、将来の映画人と将来の映画を支援することだった」と挨拶。満場のスタンディングオベーションの中、手を振りながら悠然と退場していった――ひとつの時代が終わった。

今年のコンペは手堅い作品が集まっていた。下馬評も突出したものはほぼなく、アベレージ、つまり何が賞を獲ってもおかしくないという評価であった。今年のコンペ作品をざっくりとまとめてしまうと「理想と現実の戦いに敗れた人々」を描いていたのではないかと思う。理想、というには語弊があるかもしれないが、60年代終わりからつい今年の2月くらいまで、世界にはいくつかの希望の瞬間が訪れていた。しかしそれはことごとく失敗している。そんな中で今年の映画の登場人物たちはまだ何らかの理想というか夢をもって生きようとしている。しかし、それはグローバリズムと経済重視、コマーシャリズムという現実に直面し、敗退を余儀なくされているのだ。そしてその犠牲者になるのが子どもたちである。コンペだけでなく今年のカンヌ作品には生きにくい社会とおとなのエゴで絶望している子どもたちの姿が目に付いた。

例えばグランプリを受賞した『ザ・ワンダーズ』である。自然農法という理想を求めドイツからイタリアに来て養蜂を始めた父親とその女ばかりの家族の物語だ。手作業で進められる仕事は家族、とくに13歳くらいの長女の肩にかかっている。変化と救いを求める彼女の前にテレビロケ隊が現れ「夢」を差し出す。グローバリズムの中で収益を上げなくてはいけない農家は農薬に頼る。そのせいで蜂が死ぬ。伝統的農家を競わせ賞金を与えるテレビ番組には心など通ってはいないのである。ラスト近く、番組のMCで女神役のタレントが長女に疲れを訴え女神のかつらを脱ぎ捨てる。「夢」などもうどこにもないことを長女は知るのだ。

例えば脚本賞の『リバイアサン』である。開発業者に家と土地を奪われつつある一家。父と若い継母になじまない思春期の少年。父は開発業者との戦いと、妻の浮気疑惑に心とらわれ、息子と向き合うことを怠りがちになる。家も思い出も父も失ってしまうという思いに押しつぶされそうな少年の不安はやがてカタストロフを招く。

他にも女優賞を受賞した『マップス・トゥ・ザ・スターズ』で描かれるのはハリウッドの子役スター一家を巡る復讐譚であり、監督賞の『フォックスキャッチャー』は父母に認められず成長した大富豪が、疑似家族としてレスリングのナショナルチームの“父”になろうとして失敗する物語である。いずれも絶望した子どもの逆襲で幕を閉じる。

一方、パルム・ドールを獲得した『ウィンター・スリープ』と男優賞の『ミスター・ターナー』はいずれも理想の芸術と現実の間で葛藤する芸術家の物語であり、現実の側に身を置くその家族や愛人の苦悩も描きだす作品である。自らの作りだす、もしくは作ろうとしてきたものが至高の芸術だと自負する男たちはしばしば周囲の女たちを犠牲者とする。しかも往々にしてそれに気づかない。『ウィンター・スリープ』はトルコ・アナトリアのカッパドキアの冬景色を、『ミスター・ターナー』はターナーが描いた19世紀イギリスの風景を、いずれも4K超高感度デジタル・ムービー・カメラ(ソニーとキャノンのカメラである)を用いて精緻に写し取った映像も見事であった。

しかし、今回の受賞結果で一番話題を集めたのは審査員賞の2作であった。25歳の(つまり子どもの立場に近い)グザヴィエ・ドランが35mmフィルムで撮りあげた『マミー』と、83歳のジャン=リュック・ゴダールがソニーとキャノンの、ムービーではないデジタル・カメラで2Dと3Dの混合作品として撮りあげた『グッバイ・トゥ・ランゲージ』である。受賞者の名前が呼び上げられたとき、ドランには歓声が、ゴダールにはブーイングが上がったことを記しておこう。ゴダールは記者会見にも授賞式にも姿を見せなかったのでコメントを聞くことはできなかったが、「世代は違っても映画の自由な表現を探るという点で僕たちがやろうとしていることは同じだと思う。この受賞が映画の再創造に励んできた伝説的なゴダール監督と僕を結び付けてくれたことが大変うれしい」というドランのスピーチが審査員たちの意図を言い当てていると思う。映画技術にはまだまだ実験する余地があるし、その実験は映画の自由な表現の探求そのものになりうるのだ。幸い両作とも日本公開が決まった。ぜひご覧いただきたい。

さて、今年も閉幕したカンヌ国際映画祭。地味だと言われながらも蓋を開けてみると映画的な発見が色々あり、興味深い映画祭となった。来年は新会長の下、どんな映画祭になるのだろうか。楽しみに一年を待ちたいと思う。【シネマアナリスト/まつかわゆま】

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