元イスラエル兵士の悲痛な叫びとは?注目ドキュメンタリー『沈黙を破る』―No.9 大人の上質シネマ

土井敏邦監督のドキュメンタリー『沈黙を破る』
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「戦場では怪物になることは簡単なこと」――これは長編ドキュメンタリー『沈黙を破る』の1シーンで語られる元イスラエル兵士のセリフだ。本作がイスラエル軍の侵攻にさらされ続けるパレスチナ問題を扱うテーマゆえに、中東の悲惨な現状を伝える(ともすれば教育的な)内容だと思う人も多いだろう。

だが、『沈黙を破る』の本質は、戦争ではなく、占領下に生きる“人間そのもの”を軸に据えたことにある。イスラエル・パレスチナ問題の言わば“占領している側”、つまりイスラエル側の衝撃的な証言を中心に構成される本作の監督は、同地を20年以上取材し、数百時間の映像を撮影し続けてきたジャーナリスト、土井敏邦。「戦場では怪物になることは簡単なこと」と語るように、虐殺を続けてきた元イスラエル兵士の肉声は、そんな監督が取材した圧倒的なリアリティをもって胸に突き刺さってくるのだ。

2002年春、イスラエル軍によるヨルダン川西岸の難民キャンプへの侵攻が行われた。本作では、敵軍の包囲や破壊行為に怯え、子供の泣き叫ぶ声が響き渡るパレスチナの難民キャンプの姿を映したうえで、占領地における破壊行動を公に曝した元イスラエル兵士たちの告白へと移っていく。

「ゲーム感覚で住居を破壊する」「エスカレートしていく暴力性を止められない」「自分が怪物であったことに気づく」など、イスラエル軍の元兵士たちは、自らの人間性・道徳性を完全に麻痺させなければ困難であった占領下での任務を語る。そして、その心の闇が今だに自分たちを苦しめ続けることを吐露する場面で、戦争がもたらす傷痕の深さをまざまざと見せ付けられるのだ。

土井監督は、さらに“沈黙を破った”青年たちを取り巻くイスラエル社会の反応も追う。元兵士たちの告白を聞いた両親、国会における政府との討論、自分の娘を自爆テロで失ったにもかかわらず青年たちを支援する父親など、その反応は実に様々。ひとつの事象を多面的かつ重層的に捉えることで、イスラエル・パレスチナ問題の根深さ、そして解決の糸口を探ろうとする土井監督の意思と、ジャーナリストとしての視点の鋭さが伺える。

2008年末から2009年初頭にかけて、再び(パレスチナの)ガザ地区がイスラエル軍によって侵攻され、その時の兵士からの告白がリアルタイムでこぼれ始めてきている。いま、世界で起きている事実を知る意味でも、スクリーンで観る価値のある1本であることは間違いない。【ワークス・エム・ブロス】

■『沈黙を破る』は、5月2日(土)より東京・ポレポレ東中野にてロードショー

【大人の上質シネマ】大人な2人が一緒に映画を観に行くことを前提に、見ごたえのある作品を厳選して紹介します。若い子がワーキャー観る映画はちょっと置いておいて、分別のある大人ならではの映画的愉しみを追求。メジャー系話題作のみならず、埋もれがちな傑作・秀作を取り上げますのでお楽しみに。

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