家と美術品を相続した家族が感じる真の価値とは『夏時間の庭』―No.12 大人の上質シネマ

母エレーヌの想いを受け継ぐ3兄妹
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印象派のコレクションで世界的に有名なオルセー美術館。その開館20周年をきっかけに、全面協力を得て製作された『夏時間の庭』は、まさに絵画のような美しさと深い余韻が味わえる作品だ。だがそれは、随所に名だたる美術品が登場するからだけではない。親子三代にわたる物語に、美術品を通して人と人との思いや絆が浮かびあがってくるからだ。

物語の舞台となるのは、フランスの緑豊かな片田舎にある一軒の邸宅。そこに一人で暮らしていた老齢の女性エレーヌが急逝したことから、家と美術品を受け継ぐことになった3人の子供たちの“その後”が、物語の軸として描かれていく。

家や美術品を守りたいと願うものの、莫大な相続税を前になす術がない長男に対し、自分の生活を優先しようとする長女と次男。愛着あるものへの思いは同じながら、現実とのジレンマに揺れる彼らは、結局、母親の遺志どおりに家を売却し、美術品を美術館に寄贈することを決める。

家の周辺を描いたカミーユ・コローの絵画、おもちゃが入っていたアール・ヌーヴォーの家具、子供時代に割ってしまったドガの石膏…。貴重な美術品の数々が、エレーヌ家の思い出の一部として登場する。美術的価値よりも、人間の歴史が詰まった“証”として描かれるだけに、美術館では決して味わえない“生きた”魅力が感じられるようだ。

例えば、実は高価な品物だった花瓶を譲り受けた家政婦が「花瓶は花を生けてこそ意味がある」と言うセリフ。彼女にとってその花瓶は、エレーヌの忘れ形見。この先もずっと、彼女はエレーヌを思いながら花を生け続けるのだろう。そう思わせてくれる味わいは格別だ。

移ろう時の中で、変わっていくもの、変わらないもの。本当に価値あるものは、目には見えないということを、優しく問いかけるような語り口が心地いい。花のない花瓶同様、家族のいない家はただの空間に過ぎないと悟っていたエレーヌが遺したのは、“かたち”ではなく、自身の人生を生きる大切さ。そして感動のクライマックス――エレーヌの孫にあたる長男の娘が祖母との思い出を語るシーンは、人々の思いや絆が継承されていく美しさが凝縮されている。この作品を観終えた後、家族やパートナーと過ごす時間が、よりいとおしく思えてくるに違いない。【ワークス・エム・ブロス】

■『夏時間の庭』は、5月16日(土)より銀座テアトルシネマほか全国順次公開

【大人の上質シネマ】大人な2人が一緒に映画を観に行くことを前提に、見ごたえのある作品を厳選して紹介します。若い子がワーキャー観る映画はちょっと置いておいて、分別のある大人ならではの映画的愉しみを追求。メジャー系話題作のみならず、埋もれがちな傑作・秀作を取り上げますのでお楽しみに。

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