ドロンズ石本「電波少年」秘話激白!実はヒッチハイクが成功しすぎた

ドロンズ石本
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「進め!電波少年」のヒッチハイクで有名になったコンビ「ドロンズ」の石本武士。旅の途中には命を失いかけるほど危険な目に遭遇し、帰国後はノイローゼになるほど「猿岩石の二番煎じ」と非難されたという。現在はコンビを解散しピン芸人「ドロンズ石本」として活動する彼の苦過ぎる体験を前後編に分けてお届け。前編ではヒッチハイク中の“ギブアップ”について聞く!

ピストルで撃たれ強盗に襲われ…

――石本さんは「進め!電波少年」のヒッチハイク※の印象が強いです。旅の中で最も苦い経験は?

(※南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク。96年10月~97年12月)

“ピストルで撃たれた”ことですね。

――えっ、いつですか!?

旅の後半、ミネソタだったかな。

路上でヒッチハイクをしていたら、車に乗っている人が「アジアへ帰れ!クソ日本人!!」と叫んできたんですよ。

実はそれくらいなら、よくあることなんで(笑)、無視したんですね。

そしたら、車がUターンしてきて。窓から出ている手にはピストルが…。

あわてて逃げたら、背後で“パンパン!”と発砲音が聞こえて。

――撃たれた…。

急いで、近所にあった農家の小屋の中へ逃げ込みました。

もう…ヒザがガクガク震えて。

ボクと相方の大島(直也)と同行ディレクターの3人で、息を殺してじっとしてました。

「逃げきれたかな?」と思いスキマから外を見ると、ピストルを持った人が小屋の外をうろついてるんですよ。

――恐ろしいですね…。

なかなか離れていかないから「もし見つかったら“やる”しかない」と覚悟しました。

小屋の中にオノがあったので、それを持って入り口で待ち構えてたんですよ。

――ええっ!

しばらくしたらどこかへ行ってくれたので、結局は何もありませんでしたけどね。

ディレクターが「今日だけは局が払うから、ホテルへ泊まろう」と言ってくれました(笑)。

――とんでもない経験をされていますね。

ペルーの首都リマでは、そのディレクターが強盗にボコボコにされたこともあります。

その頃のリマは本当に危険な街だったので、警官が200mごとに立っていたんですよ。

それで逆に油断しちゃったんですね。

「こんなに警官がいるんだから大丈夫だろう」って、ふだんなら入らないようなスラム街に入ってしまい。

案の定、5人くらいに囲まれてディレクターが首からかけていたカメラをつかまれ…。

ディレクターも素直に渡せば良かったんですけど、つい守ろうとしちゃったんですね。それで殴られて。

――ドロンズさんたちは無事だったんですか?

強盗だと分かった瞬間、警察を呼びに走ってましたから。

不幸中の幸いか、警官がすぐに来てくれたので、ディレクターも致命的なケガにはならず済みました。カメラも奪われなかったんですよ。

ディレクターとの確執でギブアップ

ほろ苦い体験を語るドロンズ石本
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――そんな危険な目にあって、旅をやめたいとは思いませんでした?

そういった理由で、やめようというのはなかったですね。

本気で「ギブアップしたい」と言ったのはヒッチハイクを始めて1カ月後、アルゼンチンのときが最初で最後です。

――何があったんでしょう?

同行ディレクターとの確執です。先ほどから話に出ているのと同じ方ですね。

ボクらもディレクターも20代半ばで同世代だったのに「おい、お前ら」とか乱暴な言葉遣いをしてきたり。

ヒッチハイクに成功して車に乗ろうとしたら「あ、今カメラで撮れてなかったからダメだ。違う車つかまえて」と言ってきたり…。

ボクらのことを“売れない芸人”として、適当に扱っているなと思ったんですよ。

――ヒドいですね…。

それだけじゃなく、ボクらの自由にさせてくれなかったんです。

お金があるときに、いいホテルに泊まろうとしたら「そんなことに使っていいの?」と考え直すように言ってきて。

逆にお金がないときに安いパンばかり食べていたら、今度は「お前らケチだな」って、もっと使うようにと。

出演しているのはボクたちなんだから、自分で考えて行動したいのに…。

――ストレスがたまりますね。

それで「もう耐えられない!」と思い相方と相談して、「ギブアップさせてください」と言ったんですよ。

ボクらだってギブアップは悔しかったし、泣きながらです…。

――ディレクターさんは、どうされたんですか?

考え直すように言われましたね。

でも、ボクらがまったく聞かないので日本に電話して土屋さん※に相談を。

(※土屋敏男氏。番組では「Tプロデューサー」)

そして、電話で土屋さんにも止められました。

――なんと?

「許してやってくれ、オレから謝る」と言われました。

というのも、前の猿岩石が辛い旅をして人気が出たじゃないですか。

だから、土屋さんもそのディレクターさんも方針として「なるべく大変な部分を見せよう」としていたようなんです。

「お前らヒッチハイクで、ポンポンつかまえているそうじゃないか。それじゃ、視聴者が応援したくならないだろ?」とも。

――ディレクターさんの行動は、演出の一環だったと…。

まあ、テレビだから当然ですよね。

大きなプロジェクトとして動いているのに、ボクらが分かってなかったんですよ。

反省し納得してディレクターさんとも話し合って、お互いに「すみませんでした」と謝りました。

その後は「ディレクターも入れて3人のチームなんだ」という考えで行動し、うまくいくようになりましたよ。

「仕事として、みんなでしっかりやり遂げよう!」と。

あれから20年くらいたちますけど、今でもそのディレクターさんとは仲良くやってます。

【週刊ジョージア】

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