人間の温もりを伝えるイタリアの“キリストさん”―No.22 大人の上質シネマ

イエス・キリストの風貌によく似た“キリストさん”こと大学教授
  • イエス・キリストの風貌によく似た“キリストさん”こと大学教授

イタリアで賛否両論を巻き起こし、物議をかもした『ポー川のひかり』。かつて『木靴の樹』(78)でカンヌ映画祭グランプリを受賞した巨匠エルマンノ・オルミが“最後に発表する劇映画”と言いきるこの作品は、監督の強いメッセージが感じられる、静謐で重厚な人間ドラマだ。

まず、オープニングからして衝撃的だ。古都ボローニャの大学で発見されたのは、カトリック関係の大量の古文書が太いクギで打ち抜かれている無残な姿。いわば書物の“大虐殺”ともいえるその描写は、カトリックを国教とするイタリアではテロリズム行為ともとられかねない。イエス・キリストをモチーフにしたこの物語に、オルミはキリストの言葉(教え)や、叡智が“死んで”しまった現代に対しての力強い怒りを込めているのだ。

やがてイタリアの大河・ポー川流域へと舞台を移す物語は、名声を捨ててこの地へ辿り着いた、大学の若き哲学科教授の姿をとらえていく。ほとりにある廃屋で暮らし始めた彼は、交流をはぐくむようになる村の人々から“キリストさん”と呼ばれるようになる。

劇中、聖書を暗示する描写やセリフは数多く登場する。“キリストさん”が聖書の一説を語って聞かせる村人たちは、いわば“使徒”であり、彼に好意をもつパン屋の娘は、まるで“マグダラのマリア”。世の中に絶望した男が、素朴な人々との交流を通して再生していくさまが、カトリックの世界になぞらえて描き出されていくのだ。

「なんだ、説教くさいハナシか」なんて思うかもしれないが、そうではないことを強く記しておきたい。宗教観の薄い大抵の日本人にとっては、一見すると馴染みにくいが、オルミが訴えるのは人間にとっての根源的な問いであり、人間らしい温もりに満ちた世界を取り戻そうという切なる願いだ。

書物の釘打ちという衝撃にはじまり、現代に復活した“キリストさん”への見解は、確かに物議をかもすだろう。だが、「古文書が最良の友」と言う司教が登場するなかで「世界中の本よりも、友人と飲むコーヒーのほうがいい」と言い放つ“キリストさん”に、私たちは親しみと共感を覚えるはずだ。人間同士が交わり、触れ合うことへの希望。パートナーと共にこの映画を観て、語り合うことで共有する“想い”に、ぜひ耳を傾けてみてほしい。【トライワークス】

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