「北斗の拳」声優・千葉繁、医者から「お前はもう死んでいる」

千葉繁(俳優・声優)
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「北斗の拳」のハイテンションすぎる次回予告や雑魚キャラ、「奇面組」の一堂零、「ONE PIECE」のバギーなど、声優として数多くの声を担当してきた千葉繁がWEBマガジン「週刊ジョージア」の「ほろ苦インタビュー」に登場。長い芸能生活で味わった“苦い”経験を語った!

「北斗の拳」収録で脳震盪(のうしんとう)!

――千葉さんは、「北斗の拳」の激しすぎる次回予告ナレーションのイメージが強いですね。「北斗の~っ!宿命が~~っ!」という。

ありがたいことに、放送当時もナレーション宛てにファンレターが届いていましたからね。段ボール箱いっぱいに。

でも…あれ実は、毎回ぶっ倒れながら収録していて大変だったんですよ(笑)。

――えっ!?

あの声は“頭蓋骨にぶち当てる”ように出すので、脳が揺れて脳震盪を起こすんです。

脳の血管が切れる“ブチブチッ!”という音も、聞こえていましたね。

そして必死で収録し終わって倒れると、4時間くらい頭痛が収まらない。

――そんな状態で、スタッフは止めなかったんですか?

いや、逆に「もっともっと!」って。

だけど、自分で「もうムリだ…」と思い、スタッフに相談してテンションを落としたことがあるんです。

そうしたら視聴者から、

「なんでナレーションの雰囲気を変えるんだ!もう見ないぞ!!」

というクレームが来て。

――視聴者も、楽しみにしていたんですね。

スタッフから「千葉さん、申し訳ないけど死んでください…!」と。

それからは“ヤケクソ”で、さらにテンションを上げました(笑)。

――(笑)。そもそも、なぜあんなにハイテンションな次回予告に?

初期はあまり激しくなかったんですよ。

だけど作品を深く知っていくうちに、

「ケンシロウに一瞬で殺される雑魚キャラも、世紀末な世界で必死に生きているんだな…」

と思うようになって。

そんなヤツらの“必死さ”を、ナレーションでも表現したくなったんです。

雑魚にだって人生があるんだがや!

――そんな思いが…。

「北斗-」では、敵役を担当することが多かったですから。

名前がある「ジョーカー」や「ジャコウ」もやりましたが、台本に「雑魚1」「雑魚2」としか書かれていないキャラもいて。

いわゆる“モヒカン”とかですね。

だけど…そんなヤツらでも、家には女房や腹をすかせた子供が待っているかもしれない。

糖尿病のおばあちゃんがいるかもしれません。

――なるほど。

彼らは、好きで暴力的なことをしているワケじゃないと思うんです。

あんな時代だから他に就職するところがなくて、悪者の手下になるんですよ。

もしかしたら、前職は数学の教師だったかもしれない。

――彼らも“働く男”だと。

そう。

「今日は給料日だ♪」とウキウキしている日に、

「おまえはもう死んでいる」

なんて言われるんです。たまったもんじゃないですよね(笑)。

――確かに(笑)。

ラオウは死ぬときに「我が生涯に一片の悔い無し」と言いました。

そりゃ、お前は悔いが無いかもしれないけど…。

ただの“兄弟げんか”のために、どれだけの人間が死んだと思っているんだと!

バカバカしい(笑)!!

――(笑)。

僕は「北斗-」の時に、そういった名も無い男たちの人生や個性を表現することに、命をかけていたんです。

口調を名古屋弁にして「~だがや!」と話したりね。

台本をもらったときに「この男は、どこで生まれて、どんな生活をしてきたんだろう」と考えて。

「そうだ。名古屋出身で、上京して働いていたときに核戦争が起こったんだ!」なんて思い付くんですよ。

――ということは、名古屋弁はアドリブということですね。勝手にセリフを変えると怒られませんか?

アドリブといっても、テストのときに監督の前でやってみますから。

そこで止められたらやりませんが、ほとんどOKでしたね。

僕以外の役者とも協力して、雑魚キャラが何人か一気に死んでしまうときの断末魔でひとりずつ、

「レバ」「ニラ」「イタ」「メ~!」

なんて言ってみたこともありますが、OKでした(笑)。

ケンシロウ役の神谷(明)さんも、ときどき雑魚役に声を当てて、そんなことをしていたんですよ。

――そうなんですね(笑)。

あ、でも一回だけ断末魔で「ち~ば~(千葉)」と言おうしたら、「それはダメだ!」と監督から怒られたことが。

裏設定として、「ちがうんだ!ばかな!!」って言おうとしたけど、「ち」と「ば」しか声にならなかった。

ということまで、考えていたんですけど(笑)。

1時間の遅刻で映画業界を干された…

――「北斗の拳」以外の作品で、印象的な苦い経験はありますか?

作品というか…そもそも声の仕事自体、苦すぎる失敗がきっかけでやるようになったんですよ。

――というと?

僕はもともと、ハタチ過ぎまで劇団で役者をやったり、スタントマンをやったりしていたんですが。

映画の撮影に1時間遅れたために、役者として“一度死んだ”んです。

――死んだ!?

そのときは、日活ロマンポルノの撮影でした。

当時は日活に勢いがあって、風間杜夫さんとか、今大御所になっている方もたくさん出ていた時代なんです。

そこで、当時の日活をしょって立つほどの大女優さんと共演する役を頂いたんですが、車でロケ現場へ向かう途中に “開かずの踏切”があったんですよ。

1時間くらい開かないことで、有名な場所で。

僕の前にいたトラックの運転手は、車から降りて外でお弁当広げていました (笑)。

――(笑)。

今と違って携帯電話は無いし、公衆電話も近くには無かったから、連絡もできず。

現場に到着したのは、予定の1時間後…。

到着するなりプロデューサーが、「ふざけんなーーっ!!時代が時代なら、多摩川に“浮いてる”ぞーーっ!!」と、大激怒。

理由を説明したんですが、「お前が生きている以上、なんにも言い訳にならん!」と言われました。

――遅刻は確かに悪いですが、1時間でそこまで?

相手役の女優さんが本当に売れっ子だったので、その1時間しかスケジュールが空いてなかったんです。

だから、その日は何の撮影もできず。

スタッフが準備したこともすべてムダになってしまったので。

――なるほど…。

そして…次に出るハズだった5本の映画出演予定が、すべて白紙に。

業界から「おまえはもう死んでいる」と宣告されたんです…(笑)。

――…(笑)。厳しい世界なんですね。

テレビドラマの仕事はしていたんですが事務所にも迷惑をかけましたね…。

まあ、そんな事件があって。家で悶々としながら、テレビを見ていたんですよ。

そしたら、洋画に出てくる金髪の男の子が流暢に日本語を話すじゃないですか。

「なんで、こんなにうまいんだろう?」

と思いじっと見ていたら、「日本人が声を当てているんだ!!」と分かったんです。

――えっ?それまで、吹き替えという仕事自体を知らなかったんですか?

そうです(笑)。

それで翌日、マネージャーに「僕もあれをやってみたい。機会があったら教えてください」と話したところ、

「実は、明日オーディションがあるけど受けてみる?」

と、言われて。

受けたのが「ドカベン」のオーディションで、それに合格して声優デビューするんです。

さらに、「ドカベン」の音響監督(音声部門の責任者)をしていた斯波(しば)さんが僕のことを気に入ってくれ。

その後、斯波さんの推薦で「奇面組」の主役・一堂零など、多くの役をいただくことになるんです。

――どうして、千葉さんのことをそんなに気に入ったんでしょう?

発想の意外性とアドリブですかね。

当時、僕の周りにいた声優陣は一字一句変えずに、台本に合わせていました。

だけど僕もそうだったんですが、顔出しの役者って普通にアドリブを入れるんですよ。

「もっと有効な言葉は無いか」

「この状況なら、こう言った方が自然だろう」

と“より良くする”ことを考える。

それをドカベンでもやっていたところ、認めてくれたようです。

――もともとが顔出しの役者で、撮影に遅刻して干されたからこそ、今の千葉さんがあると…。

分からないものですよね。

僕は遅刻って自分でも本当に嫌いなので、後にも先にも、その1回だけなんですよ。

それが、こんな風に影響してくるんですから。

平均1.5時間睡眠!体がボロボロになり死兆星を見た

――「北斗-」や「奇面組」、それに「うる星やつら」の“メガネ”も、80年代中盤ごろに重なっています。とても忙しかったのでは?

そうですね。他にも色々やっていたので、8本くらいレギュラーがありました。

食事をする時間もほとんどなく、3食すべて移動途中の立ち食いそばでしたよ(笑)。

――(笑)。

そういえば「うる星-」の収録でも、何度か倒れていました。

――えっ。

メガネは長台詞が多くて、台本の2ページくらいずーーっと僕の台詞が続くことがあったんです。

「あのラムさんがなぜアタルに~」から永遠と、僕の台詞が数分間(笑)。

それを一気にしゃべるから、過呼吸になって倒れるんです。

――そんな頻繁に倒れて…病院には?

いえ、そんな時間も無かったんですよ。

だけど、忙しかったのはその時期だけじゃなくて。

20代から、声の仕事以外に自分でつくった会社や劇団の代表をして、音響監督をして脚本も書いて、なんてやっていたので。

40代までの20年ほど、平均睡眠時間が“1.5時間”くらいでした。

――ええっ!!

だから収録中以外も、いつの間にか気を失っているのが日常でしたね。

中華料理屋さんでラーメンを食べていて、

「ん…顔がめちゃめちゃ熱いぞ!?」

と思ったら、どんぶりに顔を突っ込んで寝てる(笑)。

道を歩いていて、いきなり体が軽くなったと思ったら、持っていたカバンが後ろの方に落ちてるとか。

――そんな生活で、体調を崩さなかったんですか?

ずっと問題なかったんですが…。

42歳のときに倒れました。

深夜、ラジオの収録中に意識が飛んだんです。手には尋常じゃない量の汗をかいていて。

収録を中断し、すぐに病院へ送ってもらいました。

――危険な状態ですね…。

その日は収録の前から、体がおかしかったんですよ。

放送局の階段を上れなかったんです。

普段、「右脚を上げて、左脚を上げて」なんて考えなくても自然に階段を上れるじゃないですか。

それができなくなってしまい。

強く意識し、一歩一歩、脚を持ち上げるようにして、なんとかブースのある階までたどり着いて収録を始めたら…。

――倒れてしまったと。

そして、なんとか病院に着いたんですが…。

深夜の救急だったので、当直のお医者さんが産婦人科の先生しかいなくて。

「どうしましょうか?」なんて言われるんです(笑)。

こっちが聞きたいと!

仕方ないから、翌日に出直したところ、

「自律神経をやられていて体が限界です。判明が1週間遅かったら…間違いなく死んでいましたよ」

と言われました。“死兆星※”が見えていたんですね(笑)。(※「北斗の拳」で年内に死ぬ宿命の者が見る星)

――即入院を?

いや、入院はしなかったです。

脳外科の診断も受けましたが大丈夫だったから、申し訳ないけどレギュラーの仕事をほとんど降りて真面目に静養することにしました。

※この記事は「週刊ジョージア」の「ほろ苦インタビュー」から抜粋したものです。静養からの復帰後に、再度干されてしまった話など全文は「週刊ジョージア」(https://weekly-g.jp)でご覧いただけます。【週刊ジョージア】

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千葉繁(ちば・しげる)●1954年生まれ、熊本県出身。俳優、声優、ナレーター、音響監督と幅広く活躍。また、俳優や声優の養成所「C&O ActorsStudio」の所長も務める。

取材・構成/野村博史(DUAL CRUSE) 撮影/洲脇理恵(MAXPHOTO)

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