“モロボシ・ダン”「セブンを超える作品に出たい」と20年苦悩…

「ウルトラセブン」“モロボシ・ダン”こと森次晃嗣氏
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「ウルトラセブン」でモロボシ・ダン役を務めた森次晃嗣がWEBマガジン「週刊ジョージア」の「ほろ苦インタビュー」に登場。「ウルトラセブンセブン」で味わった“苦い”経験を語った!先日掲載した実相寺昭雄監督との秘話に続き、その一部を特別公開!!

「ウルトラ警備隊」は辛い…!

――森次さんは「ウルトラセブン」(以下、セブン)のモロボシ・ダン役の印象が強いですが、セブンで“苦い”体験として思い出すことは?

「ウルトラ警備隊」の制服が、めちゃくちゃ暑かったことかな(笑)。

あの制服、スキーウェア並みに通気性が悪いんです。しかも頭にはヘルメットをかぶる。

真夏の撮影では、制服やヘルメットの中は、汗で“びっちゃびちゃ”ですよ。

水分が制服に染みてこないように、中に汗取り用のTシャツを着ていたんだけど、一日に何度も替えないといけないくらい。

――そんな苦労が。

だけどデザインは「ウルトラマン」の「科学特捜隊」よりカッコ良かったから、嬉しかったです。

科学特捜隊の制服は全身オレンジで。

「セブン」の出演が決まった時、「あのハデすぎる制服を着るのかな…イヤだなぁ」なんて思っていましたから(笑)。

――森次さんは役者になる前ファッションデザイナーを目指していらしたので、衣装にも気を遣われていたんですね。

正義の味方らしくカッコよく見えるように、自分で考えて工夫はしていました。

制服のズボンのスソにゴムを付けて、ピーンと張って体にフィットするようにしたり。

ズボンに“パンツの線”が出ないように、女性用の“ガードル”をはいたりも(笑)。

――えっ!?どういうことでしょう?

ピッタリしたデザインだったから、普通のブリーフをはくと外からパンツの輪郭が分かっちゃうんですよ。

ヒーローがパンツの線を見せたら、興ざめでしょ。

それで、どうしたものかと考えた結果「そういえば、女性向けの下着でいいものがあったな」と(笑)。

――なるほど。

それに、ガードルにはもう1点いいことがあって。

ほら、男性がピッタリしたズボンをはくと“右か左か”が分かっちゃうでしょ?

ガードルはきつく締めつけてくれるから、真ん中に固定できて良かったんです。

だけど…蒸れるのが辛かったな(笑)。

――(笑)。制服ひとつにも、色々な苦労があったんですね。

主役なのに月収2万7000円…

――そもそも、どういった経緯でダン役に?

当時まだ新人で、「天下の青年」(1967年)というドラマに出ていたんですよ。

その撮影を、ウルトラシリーズを制作している円谷プロダクションの方が見に来て、気に入ってくれたようです。

――オーディションやテストは?

無かったです。担当の方から「ダン役をお願いしたい」と言われ。

後日、円谷プロダクションに呼ばれてスタッフに顔見せです。

――人気シリーズの主役に大抜擢ですが、選ばれたポイントは何だったんでしょう?

“目”が印象的だったそうです。

「セブン」は、企画当初「ウルトラアイ※」というタイトルだったくらい、目がポイントだから。

(※変身メガネ「ウルトラアイ」や、必殺技「アイスラッガー」の「アイ」はその名残)

変身するシーンで目がアップになるし、透視能力を使うシーンでは目の色が変わるし。

――なるほど。まだ新人な上に、慣れない特撮で大変だったのでは?

まず、役作りが難しかったです。

ダンは「ウルトラマン」のハヤタと違って宇宙人なんですよ。

(ハヤタはウルトラマンから命を与えられた地球人、ダンはセブンが地球人のフリをするための仮の姿)

「宇宙人って、どう演じればいいんだ?」

と、寝られないくらい悩みましたね。

――どう演じたんでしょう?

結局、「オレが持っているものを、そのまま出していけばいいのかな」という考えになりました。

というのも、制作の方が僕を選んでくれたんだから、僕が普通にしていればそれがダンになるんだと。

ただ、自然とミステリアスな雰囲気が出るように、あまり他の役者さんと仲良くしないようにしていましたね。

お酒の誘いを断ったり。

――というと?

ダンは、他の隊員にセブンであることを隠しているんですよ。

それに、人間としてのダンもウルトラ警備隊では一番の新人。

他の隊員との間に“壁”があったハズなんです。

だけど現場で仲良くしていると、どうしてもその空気感が撮影中も出てしまう。

それを避けたかったんです。

――なるほど。

まあ…お金が無かったから、飲みに行けなかったという理由もあるんですが(笑)。

――どういうことでしょう?

当時は月収3万円、源泉徴収されて手取り2万7000円だったんです。

撮影所の前にあった中華屋さんのラーメンが60円、ラーメンライスが100円だった時代で。

毎日、200円だけにぎりしめて撮影に行ってました(笑)。

アンヌ隊員(菱見百合子)は10万円もらっていたそうだし、僕のギャラが一番安かったんでしょうね。

ロケ弁のおかずはちくわ2本

――主役なのに…。

あ、でも事務所は、もっと多くもらってたんじゃないかな(笑)。

僕は新人だったから、手取りはそれくらいになるんです。

――厳しい業界ですね…。スケジュール面でも、他の役者さんよりきつかったのでは?

そうですね。5時の始発に乗って自宅から撮影所へ向かい、帰宅は23時。

一年間ずっと、睡眠は3、4時間でした。

――お休みは?

ゼロですね。撮影が無い日は、イベントで全国を回ってましたから。

警備隊の衣装やヘルメット、ブーツが入った荷物を持って、北海道から九州まで1人で行きましたよ。

――マネージャーさんは一緒じゃないんですか?

当時マネージャーさんはいなかったんです。

会社から「森次ちゃん、向こうでスタッフが待ってるから、悪いんだけど1人で行ってくれる?」って。

「なんで、こんな重たい荷物を持って、1人で行かなきゃいけないんだよ!」と思っていました(笑)。

まだ、特撮ものをビジネスにするシステムが整備されてない時代ですから、色々お金をかけられなかったんですね。

――制作会社の円谷プロダクションも、予算のやりくりが大変だったそうですが。

素晴らしい作品を作っていたんですけどね…。

毎回あれだけ手の込んだものを作っていたら、黒字にするのは難しいですよ。

何日もかけて撮ったものを、円谷英二※さんがチェックしてダメだったら撮り直し。

(※「特撮の神様」とも呼ばれる円谷プロダクション創設者)

しかも今と違ってCGが無いから、セットを一度壊したらまた作るんです。

――映像に一切妥協しなかったんですね。その代わり、映像に関係しない部分で節約を感じたことは?

ロケ弁が、すごく安いものでした(笑)。

おかずなんて、ノリの佃煮、ちくわを上げたやつ2本、あと梅干し、それだけ。

どんなベテラン役者さんも、その弁当で1年間ずっと。

みんな事情を分かっていたから、何も言わなかったですけどね。

セブンは人気が無かった!?

――セブンは大人でも楽しめるストーリーや映像になっていましたね。

そうなんですが、逆に子供ウケは悪くて。

実は、放映当時のセブンはそこまで人気が無かったんですよ。

――えっ、そうなんですか?

「ウルトラマン」のときは視聴率が40%くらいあったんです。

それがセブンになったら20%台後半に落ちて…。

円谷プロダクションのスタッフも気にしていましたね。

――そんなことが…。

だから、当時セブンの人気を感じたことなんて無かったです。

撮影所まで電車で通っていたけど、一度も気付かれたこと無いし、ファンレターも来なかったし。

ただ、放送終了間際に西武デパートの屋上でイベントがあって、そのときはたくさんの人が来てくれたんですよ。

見ていてくれた人は、ちゃんといたんだなって。

――今と違いネットが無いから伝わりづらいだけで、当時も熱狂的なファンはいたんですね。そしてセブンが終了。その後は時代劇などにも出演を。

そうですね。でも、「ダンがちょんまげ付けてる!」とか言われることもあって。

他の役がやりづらくて、悩んだ時期もあります。

――ダンのイメージが強すぎたと。

いろんな役をやるのが“役者”であり、それが冒険だし面白いんです。

収入面から考えても、ダンしかやらないワケにいかない。

ハリウッドみたいに、1本出て何億ってくれるんなら別ですが(笑)。

だから40台後半までは「セブンを超えるものが欲しい」と、もがいていました。

――20年も…。

おかげさまで、他にもいい作品に出ているんですよ。

でも、みなさんが知らないってことは超えられていないんです。

――悩みから抜け出せたのはどうして?

他の役者さんもそうだと思うんですが、知らないうちに歳をとってしまうんです…。

そして、歳をとっても出ている役者は数少ないじゃないですか。

そんな中、僕は40台後半になっても「ダン」と呼んでくれるファンの人がいて、仕事にもダンとしてオファーしてもらえたりする。

これは、ありがたいことだな…って。

――なるほど…。

今でもうちの店※に来て、僕に会ったとたん「ああ、モロボシ・ダンだ!」と泣いて喜んでくれる人がいるんです。50歳を過ぎているような男性がですよ。

(※森次氏がオーナーを務めるカフェテラス「ジョリーシャポー」)

海外の人も、僕に会いに店へ来てくれるし。アメリカやインドネシア、中国とか、本当に世界中から。

しかも「ここに来るために、日本へ来ました!」とか。

「よせよー、東京タワーとか行けよー」って言うんですけど(笑)。

――(笑)。

これって、当時あまり人気が無かったけど、安易に作品の方針を子供向けに変えなかったからだと思うんです。

大人の鑑賞にも耐える内容や絵作りをしていたから、今でも評価してくれる人が多いんですよね。

ダンを演じたこともそうですが、一生懸命やったことって、たとえ何があっても、いつかは“希望”に変わるんですよ。

※インタビュー全文はオリジナルサイト「週刊ジョージア」(https://weekly-g.jp)で掲載中【週刊ジョージア】

WEBマガジン「週刊ジョージア」で全文を読む方はこちら!(無料/登録不要)


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森次晃嗣(もりつぐ・こうじ)●1943年生まれ、北海道出身、俳優。「ウルトラセブン」のモロボシ・ダン役でブレイク。現在は俳優業と並行し、カフェテラス「ジョリーシャポー」(神奈川県)でオーナーシェフを務める。

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