『めちゃイケ』三ちゃんがクビ裏話激白!岡村隆史にも怒られ…

元「めちゃイケ」レギュラーで芸人の三中元克(dボタン)
  • 元「めちゃイケ」レギュラーで芸人の三中元克(dボタン)

2010年、「めちゃ×2イケてるッ!」のオーディションに素人ながら合格。いじられキャラとして活躍するも、今年2月の再オーディションで不合格になり降板、イチから“芸人”として出直すことになった三中元克(さんなか・もとかつ)がWEBマガジン「週刊ジョージア」の「ほろ苦インタビュー」で苦い秘話を激白!

「めちゃイケ」を強制卒業!

――三中さんは、「めちゃイケ」唯一の“素人”として約5年半活躍するも、再オーディションの視聴者投票で不合格、強制的に“卒業”となりました…。

そうですね。必死で練習した漫才をやったんですが…。

――ご自身としては「合格するだろう」と思っていましたか?

「一生懸命やれば合格できるはず!」という希望は持っていました。

ただ、不安な気持ちもあって。視聴者さんの中に、

「新メンバーは必要ない」

「特に三中っていう素人がおもんない!消せ!!」

という意見があるのは知っていたので。

――批判的な言葉が、耳に入っていたんですか?

ネットで見ていました。

スタッフさんには、「ネットはあんまり見ない方がいいよ」と言われていたんですが…心配だから見ちゃいますよね(笑)。

だから、視聴者投票で決まると聞いたとき、すぐに「これは危ないかな」と。

――なるほど…。

ネットでは不合格決定後に、「フジテレビがクビにしたいから、視聴者投票にして責任を視聴者に押し付けたんだろ」という意見が出たことも知っています。

でも「めちゃイケ」から離れて、芸人として活動し始めてみると、自分で考えても不合格で当然だと思います。

ネタが面白くなかったんですから。

「一生懸命やれば…」なんて考えていた自分が甘かったんですよ。

ナイナイ岡村から「ありがとう…」

――そもそも三中さんは「めちゃイケ」が大好きだったから、新メンバーオーディションに参加されたんですよね。

特に岡村さんが大好きで、小学校の頃から毎週欠かさず見ていました。

録画もして、週に6回くらい。

――ほぼ毎日ですね(笑)。

はい(笑)。

実はオーディションの前から、芸人を目指していたんですよ。

「岡村さんみたいになりたい!」って。

お金を貯めてNSC(よしもとの芸人養成所)に入ろうと考えていたとき、ちょうどオーディションがあったので「これは運命だ!」と思って受けたんです。

――結果、素人だけではなくプロも参加した1万人以上の中から、素人として唯一合格。岡村さんが「オファー企画」の際に着る青ジャージと同じものを着て「岡村さんが好きなんです!!」というアピールをしていましたね。それが、天然キャラとしてイジられ面白くなっていました。

でも、オーディションでジャルジャルさんと一緒になったときに、「あ、ジャルジャルさんが合格するな」と確信して、心の中では諦めていたんです。

「素人が参加できるといっても、結局レギュラーにはなるのはプロだろう」と。

――冷静だったんですね。

そうしたら、ジャルジャルさんはもちろん、僕も受かってしまったんです。

合格が1組だけじゃないなんて知らなかったので、驚いたし嬉しかったですね。

――「めちゃイケ」メンバーやスタッフさんからアドバイスなどはあったのですか?

それが…加入して初めての収録のときに、「頑張って面白くします!」と意気込んで臨んだら、スタッフさんから、

「三ちゃんは頑張らんでええよ」と言われたんです。

メンバーの中に、素人がポツンといるだけでいいんだということで。

――不本意じゃなかったですか?「面白いことをやりたいのに」と。

いえ。めちゃくちゃ温かい言葉だと思いました。

他の方と同じ活躍や働きができるワケないので。

案の定、収録が始まると何もできなかったですし…。

――悔しかった?

そうですね。自分の実力の無さを「こんなに何もできないんだ…」と痛感しました。

でも結局はそんな僕を、番組が面白く撮ってくれたんですよ。

スタッフさんが僕にビンタをする場面があったんです。

特にリアクションはできなかったんですけど、普通に怖くて震えたり、痛がったりする顔を面白くイジっていただいて。

――なるほど。そして、加入から1カ月弱で、岡村さんが復帰されました。

復帰する特別回の収録中に、初めて岡村さんにお会いしたんですが…。

僕を抱き締めてくれて耳元で「ありがとうな、オンエア見てたよ」と言ってくれたのが嬉しかったです。

「テレビで見ていた岡村さんの力に、少しでもなれたんだ…」って。

控室で号泣!“素人”って何だ?

――その後「めちゃイケ」の中では順調に。

それが…自分のポジションにはずっと悩んでいたんですよ。

悩みすぎて、メンバーみんながいる控室で泣いてしまったこともありました。

――えっ?

復帰された岡村さんや、僕以外の新メンバーの活躍を見ていて。

「僕だけが何もできていない。何のためにいるんだろう…」

と、急に不安になったんです。

――そのとき、周りの方は?

ディレクターさんから「矢部(浩之)さんが、楽屋に来るように呼んでる」と。

そして矢部さんに「どうしたらいいか分からないんです」という相談をしました。

矢部さんは「三ちゃんは、そのままでいい。芸人じゃないから、考えすぎない方がいいんだよ」と言ってくれて。

――スタッフさんからも以前言われたことですね。

はい。ただ、出演者の矢部さんに言われたことで、あらためて楽になりました。

「めちゃイケ」の三ちゃんとして求められているのは今の自分だから、自然にしようと。

……それで、吹っ切れたつもりだったんですが。

――違った?

僕、20歳でオーディションに合格したんですよ。

その後の2年間、22歳までは良かったんです。周りの友達も大学生だったりして。

だけど、23歳になりみんな就職していく中で、僕は「めちゃイケ」に“素人”として出ているだけ。

「これで、いいのかな?」って。

――なるほど…。

その頃、僕は「めちゃイケ」の企画で静岡県の「足柄サービスエリア」に常駐していたんです。

「めちゃイケサービスエリア」というイベントブースの支配人として「めちゃイケ」にからんだ食事を販売したり、お客さんとお話したり。

家も静岡県に移して、他に知り合いもいないような場所で1年間…。

夜はひとりですし、色々考えちゃいますよね。

「“素人”って何なんだろう?」と悩みましたね。

スタッフさんも、色々考えてくれてはいたんですよ。

どうしたら、三中が面白くなるか。今後どうしたらいいかを。

企画で「みちのくプロレス」に練習生として入団し、プロレスラーを目指すように言われたのも、その結果だと思うんです。

本当にプロレスラーになるかは別ですが、ひとつのウリになりますから。

――しかし三中さんは、その「みちのくプロレス」から逃走し企画は中止に。

はい…。肉体的にも精神的にも辛くて限界で、逃げてしまいました。

――肉体的にもと言うと、やはり練習が辛かった?

そうですね。

よく「カメラがまわっているときだけだったんでしょ」と言われるんですが(笑)、ガチでやっていたので。

でも、精神的な辛さの方が大きかったです。

――というと?

さっきお話した「素人として『めちゃイケ』に出ていていいのかな?」が続いていました。

しかも、足柄サービスエリアにいたときは月に2回くらい東京の収録にも呼ばれていたんですが、みちのくのときはめったに呼ばれなくなって…。

毎週、エアロバイクをこぎながら「めちゃイケ」を見て「ああ、めちゃイケに出たいな…」と思ってたんです。

プロレスラーになりたかったワケじゃないので、不安な気持ちも大きくなっていきました。

「このまま続けていて、10年後…僕はどうなってるんだろう?」と。

ナイナイ岡村から「調子にのるな」

――そして逃走。「めちゃイケ」に内緒で芸能事務所のテストを受けたことが発覚し、視聴者投票での強制的な“卒業”に繋がると。

はい…。

逃げたこと自体は、いけないことだと分かっているんですが「芸人になりたい」という気持ちは捨てられなかったので。

――ただ、卒業後に岡村さんがラジオで「実は三中の“悪い部分”をめちゃイケで隠しきれなくなったから再オーディションをした」と別の理由があったと明かされました。特にスタッフに対しての態度が悪かったと。

そうですね。気を付けるようにはしていたんですが…。

岡村さんには、スタッフではなく一般の方への接し方でも怒られたことがあるんです。

街で女性をナンパする企画があって、タメ口で女性に話しかけていたんですよ。

そのとき岡村さんから、テレビに出ているなら、一般の方に失礼な話し方をしたらダメ。調子にのるのは絶対アカンと…。

――そういった事に厳しい方なんですね。

ええ。あれは岡村さんからの最後のアドバイスだと思って、今は絶対にそんな風に思われないように、心がけています。

――ただ、悪いイメージは一人歩きしますよね。

そうですね。街中で怖いお兄さんから「お前、本当は悪いんだろう?」といきなりからまれたり。

先輩芸人さんから「ホンマはクズなんやって?」と言われたり。

――ええっ…どう答えるんですか?

「まぁ、ははっ」ってお茶を濁します。

だって「いや、本当はいいヤツなんですよ!」って自分から言ったら変な人ですし(笑)。

――確かに。

でも、“悪いヤツ”の印象が強いから普通にしていても、会う方たちから、

「あれ?意外とええヤツなんやな」

「思ってたよりクズとちゃうな」

って言ってもらえるんですよ。岡村さんのおかげです(笑)。

――(笑)。

そのラジオが流れた後で1回だけ「めちゃイケ」に出してもらったんです。

完全に“悪い三中”というキャラになって、乱暴な口調で岡村さんに「よくも言ってくれたなぁ!」というような悪態をついて、プールに突き落とすという役で。

――ヒドいですね(笑)。

でも、その収録の後で岡村さんから、

「今日、初めて面白かったぞ。めちゃイケが作った“三ちゃん”という枠じゃなくて、三中が自分でやったこととして面白かったぞ」

と言ってもらえたんです…。もうこれだけで満足でした。

5年半頑張ってきて。最後にあこがれの人にほめてもらえて。

「めちゃイケ」やってきて良かったなと、本当に思いましたね…。

【写真】人気番組を“クビ”となった三中が、今の思いを直筆で!「失敗とは…」
  • 【写真】人気番組を“クビ”となった三中が、今の思いを直筆で!「失敗とは…」

(※この記事は「週刊ジョージア」の記事から抜粋したものです。全文はオリジナルサイト<https://weekly-g.jp>でご覧いただけます)【週刊ジョージア】

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三中元克(さんなか・もとかつ)●1990年生まれ、大阪府出身。芸人。「めちゃ×2イケてるッ!」の元レギュラー。現在は臼杵寛(うすき・かん)とともに、お笑いコンビ「dボタン」として活動中。

取材/野村博史(DUAL CRUISE) 撮影/洲脇理恵(MAXPHOTO)

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