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8冊だけの図書館が人々に与えた希望。実話を基にアウシュビッツで秘密の図書係に任命された少女を描いた物語

『アウシュビッツの図書係』(アントニオ・G・イトゥルベ/集英社)
  • 『アウシュビッツの図書係』(アントニオ・G・イトゥルベ/集英社)

 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによって連れてこられたユダヤ人たちを収容していたアウシュビッツ=ビルナケウ強制収容所。世界史に残る大虐殺の舞台になったこの場所が刻んだ人類の闇は、戦後70年が経過しても消えることはない。アウシュビッツでは生命の重さなど問題にされず、機械的に、事務的に、収容者たちは命を落としていった。

 毎日の食事すらまともに与えられないアウシュビッツで、秘密の「図書館」があったという事実を知ったとき、世界は驚きに包まれた。そして、図書係を任せられていたのがディタという14歳の少女ことが分かると、その衝撃は増した。『アウシュビッツの図書係』(アントニオ・G・イトゥルベ/集英社)はディタをはじめとする実在の人物をモデルに、アウシュビッツ収容者の毎日を描いた小説である。明日をも知れない環境に身を置いたとき、人はどんな行動をとるのか。そして、そんなときでも本や空想には意味があるのか。考えずにはいられなくなる一冊だ。

 チェコ人のディタは、明るく本が大好きな少女。アウシュビッツに収容された後も、前向きに日々を送っている。そんな彼女は、ブロックのリーダー格である青年、ヒルシュから「図書館」の存在を知らされる。子供たちに教育を施すため、収容所には8冊の本が隠されていた。ナチスは収容所内での教育を禁止していたため、見つかれば厳罰が下るのは間違いない。しかし、ディタは図書係を引き受けずにはいられなかった。こうして、ナチスの目を盗んで8冊の本を保管するディタの日常が始まる。

 服の内側にこっそりとポケットを作ってもらい、本を持ち歩くディタは常に危険と隣り合わせだ。冷酷なナチスたち、命を失っていく仲間、そして、迫り来る「特別処理」の日の恐怖。綺麗ごとでは片付けられない悲劇の数々を、本書は克明に描いている。信頼していた人物に裏切られ、愛していた人物との永遠の別れが訪れる。人間の醜さがはびこる場所で、どうしてディタは古びたわずかな本を守り通そうとするのか。

 それは、どんなときでも本がディタに力を与えてくれるのが紛れもない真実だからだ。辛い毎日のせいで少女時代を奪われたディタにとって、本の世界に浸る時間はディタが少女のままでいられるひとときなのである。『魔の山』や『モンテ・クリスト伯』といった愛読書が、ディタの心に安らぎを与えてくれる。そして、リーダーを失い、ブロックが意気消沈したとき、ディタは『兵士シュヴェイクの冒険』を朗読し、周囲を元気づけもするのだ。上官に対しても屈することなく、ユーモアと度胸で窮地を乗り越えていくシュヴェイクの姿は、アウシュビッツに束の間の希望をもたらしてくれる。

ディタが本を閉じると、子供たちは立ち上がり、またバラックの中を騒々しく走り回り始めた。消えていた命の灯がまた灯った。

 アウシュビッツでの生活は人々の尊厳を奪っていく。だからこそ、本から学びを得て、心を揺さぶられることは自分たちにまだ人間らしさが残っていると確認できる瞬間でもある。おそらく、本作がノンフィクションではなく、事実に基づきながらも小説の形式をとっているのには、現実に対する物語の強さを伝えるという意図があるはずだ。ディタたちが架空の物語から希望をもらったように、作者は今を生きる読者にも登場人物に感情移入し、共に泣いたり笑ったりできる物語の素晴らしさを読み取ってほしかったのではないだろうか。

 戦争や悲劇に対して、本や音楽、映画などの娯楽作品は無力だと言われ続けている。しかし、極限下であるからこそ、平穏な日々の記憶を蘇らせてくれる娯楽には果たせる役割があるはずだ。アウシュビッツの寒い部屋の中で、エドモン・ダンテスの冒険に胸を躍らせたディタのように。

文=石塚就一

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