【松ケン主演映画『聖の青春』】将棋界最高峰のタイトル「名人」を命がけで目指した伝説の将棋棋士の一生

『聖の青春』(大崎善生/角川文庫、講談社文庫)
  • 『聖の青春』(大崎善生/角川文庫、講談社文庫)

 幼少より難病を患いながらも、鬼気迫る執念で、将棋界最高峰のタイトル「名人」を目指し続けた伝説の棋士をご存じだろうか。その名も村山聖(さとし)。「死か名人かその2つに1つを選択しようとしているようや」――将棋に全身全霊を注ぐ彼の姿を見た周囲の棋士たちは心底そう感じたという。圧倒的な強さで「東に天才羽生がいれば、西に怪童村山がいる」と世間から注目を集めながらも、村山聖は、思い通りに動かない身体に苦しみ続けた。享年29。将棋に人生を捧げた青春だった。

 そんな男の生涯を映像化した作品が2016年11月19日松山ケンイチ主演で公開される。松山は、村山聖を演じるため、肉体面、精神面の両方でもってかつてない役作りに励んだという。ライバル・羽生善治役に東出昌大、師匠・森信雄役にリリー・フランキーという豪華なキャスティングが目を惹く。原作は、ノンフィクション作家・小説家の大崎善生が2000年に発表した『聖の青春』(角川文庫、講談社文庫)。第13回新潮学芸賞、第12回将棋ペンクラブ大賞を受賞したこの作品は、名人への挑戦に夢半ばで倒れた“村山聖”の一生を、師弟愛、家族愛、ライバルたちとの友情を通して描く感動作である。

 村山聖は、1969年6月15日、広島で生まれた。5歳の時、腎臓の難病・ネフローゼと診断される。安静にしていることが一番の治療だったが、元々腕白少年だった聖は、外を駆けまわっては熱を出し入院するということを繰り返してしまう。だが、入院中に父親から将棋を教わってからというもの、聖は将棋の世界にハマり込んでいく。母親に「将棋の本を買うてきてくれ」と頼んでは、子どもには難しい本を片っ端から読破。入退院を繰り返していたのにもかかわらず、次第に「名人」になりたいという思いを募らせ、闘病生活の傍ら、中学生で大阪に渡り、プロを目指すことになる。

 師匠・森信雄との出会いは何とも運命的だ。森は弟子を取った経験はなかったが、一目見た時から聖を弟子に取ろうと決意する。森は大阪で生活することになる聖の親代わり。師匠だというのに、彼のパンツを洗ってやることさえ珍しくはない。村山は、いつでも髪や爪は伸び放題、彼のアパートの部屋は本やCDやゴミ袋で足の踏み場もない。何事も率直に物申すし、酒癖も悪い。だが、その強烈な個性と純粋さに誰もが魅了され、いつしか聖の周りには彼を支えてくれる多くの仲間たちが集まっていた。彼らの支えもあって、聖は、「23歳までに初段を取らなければ辞めさせられる」という厳しい世界で、25歳で将棋界の最高峰A級に昇進するに至ったのだ。

 だが、ライバルたちも負けてはいない。特に、聖と同世代の羽生善治氏は前人未到のタイトル七冠を達成。その一方で、聖は長時間にわたる対局に敗北が続くこともある。敗北のストレスで体調を崩し、体調が悪いから敗北とするという悪循環。おまけに、追い打ちをかけるように、彼の身体を膀胱癌が蝕む。医者から「このまま将棋を指し続けると死ぬ」と忠告されても、将棋を指すことをやめようとはしない聖。もう少しで名人への夢に手が届くところまで来ながら、彼の命の期限は刻一刻と迫っていた…。

「将棋は頭の良し悪しを競うものではない。心の強さを競うものだ」

 聖の辞世の言葉は「8六歩、同歩、8五歩…2七銀」。死ぬ間際まで、将棋のことを考え、「名人」になる夢を追い続けた人生だった。幼い頃から難病と闘い続けてきた聖の根気強さは圧巻。彼の奮闘を知るにつれて、私たちは何事にも全力を尽くしきれていないのではないか、限界の線を随分手前に引いてしまっているのではないかという思いが募る。病を言い訳にせず、懸命に努力を積み重ねた彼の人生に見習わなくては、と思う。この秋話題を呼ぶに違いない感動ストーリーをぜひともあなたも味わってほしい。何かを始めなくては、全力を尽くさなくては。そう思わせてくれる強さがこのノンフィクション作品には詰め込まれている。

文=アサトーミナミ

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