カメラマン×農業の暮らし―生きがいと故郷を手に入れた移住者に聞く

フリーカメラマンの遠山桂太郎さん
  • フリーカメラマンの遠山桂太郎さん

秋田県・河辺雄和商工会の「芸術の里かわべゆうわプロジェクト」は、県外の芸術家や職人に空き家を提供して、日々の暮らしと創作活動に取り組んでもらおうというものだ。このプロジェクトによる最初の移住者となったフリーカメラマン・遠山桂太郎さんに、移住にまつわるエピソードや秋田で見つけた新たな生きがいについて語ってもらった。

「僕が秋田に来た背景のひとつは、僕自身が商業カメラマンという職業に少し抵抗を感じ始めていたことです」

遠山さんが秋田県に移り住んだのはおよそ3年前。東京では報酬をもらって商業写真を撮るカメラマンとして活躍し、広告やカタログ、アーティストのジャケット写真などを撮影してきた。しかし、それまでは当たり前のようにやってきた、写真を撮ってお金をもらうという作業に疑問を持つようになる。

「写真を撮りたい理由はなんだろうって、純粋に突きつめて考えてみたんです。答えは『お金がもらえるから』ではなかった。僕がそもそも望んでいたのは“自分が撮りたいものを自分なりに撮ること”でした。でも、そんな芸術家みたいなやり方をしたら東京では稼ぐことができないし、東京では暮らしていけない、そう思っていたんです」

そんな時、「芸術の里かわべゆうわプロジェクト」による移住者募集の知らせを目にする。

「芸術の里へ移住すれば、商業写真を一切撮らずに自分のやりたいことをできるかもしれない。芸術の里へ行く瞬間から、僕は芸術家を目指してもいいんじゃないか。そんなふうに感じました」

移住関連フェアで出会った方々の熱意に心を動かされ、いつしか家族で秋田へ足を運ぶようになった。この町に残る原風景が陽の光によって表情を変える様子を目にしたとき、四季折々に移りゆく景色が幸せを盛り上げてくれると確信したという。

日常を写真に収める遠山さん。「これなら毎日見ていても絶対飽きないだろうなと思った」
  • 日常を写真に収める遠山さん。「これなら毎日見ていても絶対飽きないだろうなと思った」

「妙に好きになっちゃって。あぁ、いい眺めだなぁと。これなら毎日見ていても絶対飽きないだろうなって思ったから、ここが気に入ってしまった」

遠山さんの妻は秋田県横手市の出身で、自分は宮城県出身。東北の風景の懐かしさ、災害の少なさに魅力を感じたこともあって、秋田への移住を決めた。

作品をつくるためのアトリエが安く手に入ったのも、移住のメリットだと遠山さんは語る
  • 作品をつくるためのアトリエが安く手に入ったのも、移住のメリットだと遠山さんは語る

東京で培ってきた自身のキャリアを活かしながらも、秋田では違う角度で作品づくりに向き合うようになった。

「今、僕が地元のおじいちゃんたちといっしょにやっているのは、遺影にも使えるような写真を撮ること。遺影と言っても悪い意味はまったくなくて、本当に仲良くなったからこそ撮ることができる、そういう写真を撮りたい。10年間撮り続ければ10年分の思い出が残るはずだし、カメラマンの僕がこの土地で果たす役目の1つなのかもしれないな、と思ったんです。町の役に立つ仕事をしながら自分の作品にも繋がっていくし。今はカメラの前で恥ずかしがる人もいるけど、最終的な目標は、僕がカメラを構えていることを忘れてしまうような関係性を築いて、おじいちゃんたちのいい表情を写真に収めたいですね」

日々の生活を支える農作物は、自分でも作るようになった
  • 日々の生活を支える農作物は、自分でも作るようになった

秋田へ移り住んでから、遠山さんは自分の手で農作物も作るようになった。

「野菜と名のつくものはだいたい作ってみました。大根は、僕がこの町で一番上手に作ったんじゃないかな(笑)。もちろん自分だけで作ったわけではないんです。僕は土地を持っていないから、土地を無料で貸してくれる地元のお父さんがいたり。鍬しか持っていない僕には畑の土をおこすことはできないんですけど、それも隣の畑のお父さんが『お前の分もやっといたから』って。自分で野菜を作って釜で米を炊いて、秋田ではそんな生活をしてみたいな、と思ってたし、そんなこと簡単にできるわけないよな、とも思ってたんです。ところが簡単にできちゃってる。これは僕だけの力じゃなくて、協力してくれる人がたくさんいるからできることなんですよね」

「本当に幸せな3年間だった」と充実した様子で移住してからの生活を振り返る遠山さん
  • 「本当に幸せな3年間だった」と充実した様子で移住してからの生活を振り返る遠山さん

移住から3年が経ち「移住者ではなく定住者」という自覚も芽生えつつあるという遠山さん。カメラマンとしての活動だけでなく、来年から新しい会社を作って地元が潤うような仕事にも取り組もうとしている。

「ヤマメの飼育とか山菜採りとか、食材にまつわる仕事がこの地域にはいくつかあるんです。ただ、規模は大きくないから1つだけでは産業として成り立っていないし、若い跡取りがいないという事情もあります。そういう仕事をひとまず全部引き受ける会社を作ろうと計画しています。UターンやIターンなどでこちらへ移り住んで、その仕事をやってくれる人が見つかれば、どんどんバトンタッチしていきたい」

さらに、それらの安心・安全な食材を東京などに向けて通販で供給することも検討している。

「利益だけを追求せずに、お互いが笑顔になれる形をしっかり作っていきたいです。その結果として、お金になったり雇用が生まれたり人口が増えたり、と繋がっていったら、僕が助けてもらった3年間の恩返しをようやく始められるのかなと思っています」

地元にしっかりと根を張りはじめ、「本当に幸せな3年間だった」と充実した様子で地元の魅力について語る遠山さん。移住者と地域が共にハッピーになることが大切だという遠山さんは、今後は移住先に迷う人たちのサポートをするため、移住に関わるマッチングの仕事もしていく予定だ。

それは、「移住者にとっての幸せとは何か?」を考えながら、自分に合った場所を見つけてほしいという想いから。理想の移住先と出会うことができた、かつての自分のように。【東京ウォーカー/PR】

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