『ひるね姫』神山監督の挑戦。アニメのデジタル化は業界をどう変える?労働環境変革の願いも

『ひるね姫』に込められたチャレンジとは?制作スタジオに潜入!
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『攻殻機動隊S.A.C.』『東のエデン』の神山健治監督が、『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』(2017年3月18日公開)で、初めての劇場オリジナルアニメーションに挑む。平凡な女子高生の日常の中の冒険を描く、神山監督にとっての新境地と言える本作。「絵コンテと作画のフルデジタル化」に取り組んだことも話題だ。そこで、制作真っ只中のスタジオ「シグナル・エムディ」を訪ねて神山監督とスタッフを直撃。新たな挑戦には、“労働環境の厳しさ”が囁かれるアニメーション業界への“未来への願い”が込められていた。

本作は、父親と二人暮らしをしている女子高生・ココネが夢とリアルを行き来する冒険を繰り広げながら、“知らないワタシ”を見つけていくロードムービー。

現在のアニメーションの制作は、作画以降の彩色・撮影がデジタル化され、コンピューター上で行われるようになっているが、大半の作品では絵コンテから作画までの工程は依然として紙と鉛筆による作業のままだ。今回は、絵コンテと作画の工程にタブレットを導入。デジタル化に挑んだ神山監督は、「日本のアニメの作画システムというのは、すごく強固なインフラになっていて。でも作画をデジタル化しないことには、本当の意味で演出もデジタル化しない。既存のスタジオでは難しいことも、新スタジオであればやりやすいと思ったんです」と「シグナル・エムディ」で制作することになった経緯を語る。

さらに「日本のアニメ業界には、“絵コンテ神話”のようなものがある」と神山監督。「描き下ろしで頭から描いていかないといけないとか、一発で描いたものに魂が宿るんだといった、ちょっと暴力的な作り方にいまだに支配されている部分があって。コンテをデジタル化して、トライアンドエラーできるようにしてみようという酔狂なのはなかなかいないんです」。

実際にどのような利点・恩恵を感じているのだろうか。まず、「絵コンテをムービーとしてチェックできる」と完成映像のイメージが読み取りやすくなったことをあげる。さらに演出チェックでも「今までは紙をパラパラとしながら、カンで動きが合っているかを確認しなければいけなかった。それをデジタル化したことで、各工程で上がってくるものをムービーとしてチェックできるようになったんです」とスムーズさを実感。試写を待たずとも、制作途中で「違う」と感じればすぐに修正も可能だ。「何回でもトライアンドエラーができちゃう。迷いは永遠に続くので、何回でも迷えるようにもなった」と苦笑いしつつ、「イメージしている映像にもう一段、上げていけるようになった」と力強く語る。

現場の生の声を聞いてみよう。約70台のペンタブレットが用意され、もくもくとタブレットに向かっている強力スタッフ陣。レイアウト作画監督の末澤慧さんと、原画作画監督の辻智子さんは「リズム感がつかみやすい」と声をそろえる。二人にとって今回が初めてのデジタル作画だ。末澤さんは「プレビューができるので、描きながら動きがチェックできるのはいいですね。動きを考える上でも刺激になっています」。また“絵コンテ”が、動きや声もつけることができる“ビデオコンテ”となったことで、「五里霧中じゃない。この声だから、こういう表情だろうという想像がクリアになった」とも。監督のイメージがスタッフにも共通認識として伝わりやすくなっていた。

美術監督の鮫島潔さんと日野香諸里さんも、デジタルでの仕事は初めて。「デジタルの方が圧倒的に早い」とスピード感について話し、「やり直しのストレスがない」とコメント。「これまでは大きな修正が入るとそれがストレスになることもあって。絵の具から作り直すのは、やはり大変ですから。デジタルでは修正のストレスが少ないです」と、思い切ったチャレンジや修正もやりやすくなったという一面もある様子。

スタッフからは「もちろん紙や鉛筆の利点もある。併用していければいいなと思っています」という言葉もありつつ、「デジタルの方が描ける枚数も増えた。モチベーションが保てるんです」との意見も一致した。神山監督は「ゲームって、みんな長い時間やっていられますよね。鉛筆を動かしているだけよりは、なんとなくゲーム感覚で、これを組み合わせるとこんなことができるんだとか、この機能を使えば思ってもみないことができたぞとか、そういう発見があるんだと思うんです」とワンクリックで大きな成果が見られるなど、ゲーム感覚で臨めるからだと分析する。

デジタル化に挑んだ最大の理由を、神山監督は「スタッフに還元したかった」と告白する。「労働環境やギャラの問題など、アニメ業界は劣悪な労働条件だと言われている。デジタル化することで、少しでも制作状況がよくなればと思ったんです。デジタル化の恩恵が即効性があるかと言えば、それは難しいかもしれない。でもやっぱりそれを変えていかないと。状況はどんどん悪くなっていますから」。

さらに若い才能が集まってほしいとの願いもあった。「技術を取得するまでにどうしても5年、10年かかる仕事。それが少しでも短くなって、絵があまりうまくない人でも『これだったらできるかも』と思えたりね。そうやって変えていかないと、『人気があるけれど、あれをやると貧乏するらしい』と思われるだけで、アニメ業界に魅力がなくなっちゃう。僕らの頃もそう思われていて、僕はなんとか生き延びたので、業界に恩返ししたいと思っているんです」。未来に突き進むヒロインが主人公の本作は、アニメ業界の未来を見つめた渾身作でもあった。神山監督の挑戦がどのように結実するのか。今から大いに楽しみだ。【取材・文/成田おり枝】

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