娘を殺した“少年”に復讐する父親を、あなたは許せますか? 映画『さまよう刃』

主演の寺尾聰。娘を失った父親は何を思う
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最愛の娘が、少年たちによって凌辱され、殺された。腕に5か所の注射跡。体内から2人の精液が検出される。死因は薬による心不全――娘を失った父親の心を想像するだに、胸がえぐられる様な思いがする。

妻を亡くし、たったひとりの娘が生きがいだった父親から、その娘を奪った2人の少年たち。法の甘さに憤りを感じ、自らの手で少年たちを裁くため、復讐に走る娘の父親。東野圭吾の同名小説を映画化した『さまよう刃』(10月10日公開)は、現在の「少年法」に疑問を投げかけ、被害者遺族の現実を映し出した衝撃作だ。

――「獲物、見っけ」娘を誘拐しアパートの一室に連れ込んだ少年たちは、ビデオカメラを回しながらまるで肉の塊のように娘を凌辱。「マジ気持ち良かった〜」そうやって娘を弄ぶ少年たちに、罪の意識は感じられない。そして、死んだとわかると遺体をゴミのように川に投げ捨てる。

淡々と描かれる犯罪の模様は、吐き気がするほど残酷で凄惨なものだった。しかし、現在の法律では、未成年は「少年法」によって保護されているため、その罪がどんなに残虐なものであったとしても、未成年であるというだけで極刑を受けることはまずない。更正と社会復帰を目的とする理由で、刑罰とはとても言い難い判決が下される場合がほとんどだ。

本作の主人公で、亡くなった娘の父親である長峰重樹(寺尾聰)は、一本の告発の電話を受け、娘を殺した少年たちへの復讐へと動き出す。少年法での裁きを不十分と感じ、自ら犯人に制裁を下すために。そして、ひとりの少年を自らの手で殺害する。

現実の世界で同様の事件が起きた場合、私たちはたいていの場合ニュースでその様子を知るだろう。第三者として聞いている限り、被害者遺族が突きつけられている現実は想像上で推し量ることしかできない。しかし、本作を観ると、「もし自分が父親だったら」と思わずにはいられない。もし自分が娘の父親だったら、この少年たちに極刑を望むのは当然で、自分も父親と同じ行動に出るのではないだろうか、そう考えずにはいられない。

想像してみてほしい。もし、あなたの最愛の人が、人間とは思えないような扱いを受けて殺されたとしたら。その様子がビデオカメラに収められていて、恥辱を受け命を奪われる最愛の人を見せつけられたとしたら。そのテープが法廷で他人の目に晒されたとしたら。殺意を覚えるほどの重罪を犯した人物を裁く刑罰が、信じられないほど軽いものだったとしたら…。あなたはどうするだろうか?「少年法」という犯人を守るための法律で裁かれる少年たちを、許すことができるだろうか?

少年たちに、見合う刑罰は何なのか。犯人の少年に手をかけた父親を許すことができるか。本作を見て、思うところは様々にあるだろう。【MovieWalker】

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